重なる二つの声
伝統的な dupla では、二人が近い音程で歌い、声そのものが曲の輪郭をつくります。現代の大編成でも、この二声の感覚は重要な記憶として残ります。
ブラジル研究会BAND GUIDE / SERTANEJO10 BANDS INTERIOR DO BRASIL / FROM 1929
BAND 02 / 10
農村の二声から、巨大なステージへ。
内陸の口承文化と二声の歌は、レコード、ラジオ、テレビ、地方都市のバー、ロデオ、動画配信を通り、raiz、romântico、universitário、feminejoなど、多様な流れへ姿を変えてきました。
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Turismo Bahia / Fernando Vivas / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons
WHAT IS SERTANEJO?
出発点にはサンパウロ州、ミナス・ジェライス、ゴイアス、マット・グロッソ系、北パラナへ連なる内陸の生活文化があります。しかし現在の音を作った場所には、録音都市、放送局、地方都市のバー、制作会社、ロデオ、配信サービスも含まれます。
música caipira、moda de viola、現代のsertanejoは完全な同義語ではありません。カイピーラは内陸の生活文化と歴史的なアイデンティティ、モーダ・ヂ・ヴィオラは二声とヴィオラで物語を運ぶ歌の型、セルタネージョは都市の録音・放送産業のなかで広がった大きな商業分類です。
sertanejo raizも、古い作品を後から『根』としてまとめ直す呼称です。1920年代の演奏家全員がこの名前を自称していたわけではありません。古い歌も国外の旋律や都市の録音技術を取り込み、時代ごとに変化していました。
2000年代のsertanejo universitárioは、大学で保存される伝統音楽という意味ではありません。Campo Grande、ミナス、Goiâniaなどのバー、大学祭、若者向けライブから複数の経路で全国化した市場名称です。一組・一都市だけを唯一の発祥地にはできません。
INTERIOR / SUDESTE / CENTRO-OESTE
古いmúsica caipiraは、サンパウロ、ミナス・ジェライス、ゴイアス、マット・グロッソ/マット・グロッソ・ド・スル、北パラナへ連なる内陸文化と結びつき、録音産業はサンパウロを大きな拠点にしました。現代ではGoiâniaも重要な制作・公演都市です。
『sertão』は海岸部から見た内陸を指す広い言葉です。セルタネージョも一つの州の民謡ではなく、農村から都市への移動、ラジオ、ロデオと農業祭、テレビ、大学生向けライブを通じて領域を広げました。
2000年代のsertanejo universitárioには、Campo Grandeの回路とミナスの回路が並行してあり、Goiâniaも重要な制作拠点になりました。地図は現在の中心の一つとしてGoiâniaを示し、ジャンルの発祥地を一点に決めるものではありません。

























地図 © OpenStreetMap contributors。印は一つの代表地点であり、文化の範囲を一点に限定するものではありません。
LISTEN CLOSER
楽器の一覧ではなく、時代を越えて残る歌い方と、ライブの規模がどう変わったかに注目します。
伝統的な dupla では、二人が近い音程で歌い、声そのものが曲の輪郭をつくります。現代の大編成でも、この二声の感覚は重要な記憶として残ります。
農作業、旅、家族、故郷を語る歌から、失恋、酒、夜遊び、女性の視点へ。時代によって主人公と語り口が変わります。
ラジオ、テレビ、農業祭、ロデオ、大学生向けのバー、巨大な野外公演へと演奏の場が拡大し、音づくりとスター像も変わりました。
ROOTS / PLACES / CHANGE
録音以前の表象から現在の大規模公演まで、セルタネージョの変化をたどります。
ヴィオラを使う歌、folia、cururu、cateretê/catira、物語歌は、共同体の祝祭と日常で口承されました。ポルトガル系弦楽器だけの『純粋な起源』ではなく、先住民、アフリカ系、ヨーロッパ系の人々が接触した内陸社会の歴史として捉えます。
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José Ferraz de Almeida Júnior / Pinacoteca de São Paulo / Public Domain / Wikimedia Commons
大手会社が消極的だったカイピーラの録音へCornélio Piresが自ら資金を出し、Columbiaのシリーズを制作しました。Mariano e Caçulaの『Jorginho do Sertão』は初期商業録音の重要作ですが、『史上最初のセルタネージョ曲』と単純には断定しません。
Tonico & Tinoco、Raul Torres、Florêncio、Inezita Barrosoらが、録音、ラジオ、映画、サーカス、地方巡業を結びました。農村から都市へ移住した聴衆にとって、歌は故郷の記憶であると同時に、新しい都市生活を語る媒体でもありました。
Arquivo Nacional, Fundo Correio da Manhã / fotógrafo não identificado / Public Domain / Wikimedia Commons
Tião Carreiro & Pardinhoのpagode de viola、エレキギターを使ったLéo Canhoto & Robertinho、Sérgio Reisらが登場しました。グアラニア、メキシコ音楽、パラグアイ音楽、米国のカントリーやポップも取り込み、古いセルタネージョも固定された音ではありませんでした。
Chitãozinho & Xororó、Leandro & Leonardo、Zezé Di Camargo & Lucianoらは、二声にドラム、鍵盤、エレキギターを重ね、恋愛歌をFM、テレビ、大手レーベル、ロデオ、大規模公演へ広げました。『伝統が商業化で消えた』だけでは説明できない規模と聴衆の変化です。
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Renan Katayama / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons
Campo GrandeのJoão Bosco & Viníciusと、ミナスのCésar Menotti & Fabianoには並行した成立経路があります。Goiâniaを含むバー、大学祭、若者向けライブで、踊りやすい二声とアコースティックなライブ録音が広がりました。『universitário』は在学資格ではなく聴衆と市場の名称です。

Samad Bakhtiari / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons
Michel Teló版《Ai Se Eu Te Pego》は、ネイマールが踊る映像から、レアル・マドリードのクリスティアーノ・ロナウドとマルセロのゴールパフォーマンスへ連鎖し、欧州各国へ拡大しました。続くGusttavo Limaの《Balada》も欧州の複数国で首位を獲得。ポルトガル語のセルタネージョが、配信とサッカー文化を通じて世界の観客に共有された転機です。
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Igor Duarte / Michel Teló / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons
Marília Mendonça、Maiara & Maraisa、Naiara Azevedo、Simone & Simariaらは、恋愛、裏切り、飲酒、欲望を女性の一人称で歌いました。ただしInezita Barroso、Irmãs Galvão、Roberta Mirandaらの先行史があり、女性が初めて登場した年代ではありません。

Record Goiás / CC BY 3.0 / Wikimedia Commons
『Eu Quero Tchu, Eu Quero Tcha』(2011)、MC Guimê参加の『Suíte 14』(2015)、MC Kevinho参加の『Cê Acredita』(2017)など、セルタネージョとファンキの接続は2020年代以前から続きます。funknejoやeletronejoは境界が動く呼び名です。
Ana Castela、Luan Pereira、AgroPlay周辺は、牛、帽子、ロデオ、ピックアップなどのagroイメージを、ファンキ、電子音、トラップ、短編動画と結びつけました。agronejoやagrofunkは近年の派生・市場名称の一つであり、セルタネージョ全体の主流や到達点ではありません。

Felix Alencar & Maksuel Martins / Governo do Amapá / CC BY 3.0 / Wikimedia Commons
KEY FIGURES / GROUPS
名前だけを覚えるのではなく、どの時代・土地・現場で、その音を変えたのかまで紹介します。
コルネリオ・ピレス
作家・興行師・民俗文化の収集者。1929年、自費で「Turma Caipira」を録音し、農村のモーダや語りを都市のレコード市場へ運びました。単独の「創始者」というより、録音史の扉を開いた媒介者です。
トニコ&チノコ
1930年代から二声とヴィオラを軸に活動し、ラジオ、映画、レコードを通じて農村の物語を全国へ広げました。その長い活動歴は、música caipiraが都市の大衆文化として定着する過程そのものでもあります。
チアォン・カヘイロ&パルジーニョ
ヴィオラの低音と細かな刻みを組み合わせたpagode de violaを確立した革新者。鋭い二声は、セルタネージョ・ハイースが保存された伝統ではなく、内部で更新され続けた音楽だと示します。
イネジタ・バホーゾ
歌手、女優、研究者、司会者として地方の曲と演奏家を録音・放送へつなぎました。番組《Viola, Minha Viola》を長年担い、女性の参与がfeminejo以前から続くことを可視化した重要人物です。
シタォンジーニョ&ショロロ
1980〜90年代、二声にドラム、鍵盤、エレキギターや大編成の編曲を重ね、セルタネージョ・ロマンチコを巨大市場へ押し上げました。《Evidências》は現在も世代を超えて歌われる定番です。
ジョアン・ボスコ&ヴィニシウス
カンポ・グランデの大学生向けライブ回路から登場し、《Chora, Me Liga》で2000年代末のuniversitárioを全国へ広げました。二人だけが始めたのではなく、内陸都市の若い演奏・興行網を代表する存在です。
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Igor Duarte / Michel Teló / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons
ミシェル・テロ
Grupo Tradiçãoでの活動を経てソロへ進み、2011年版《Ai Se Eu Te Pego》を世界的ヒットにしました。ネイマールからクリスティアーノ・ロナウド、マルセロへ広がった踊りは、セルタネージョとサッカー文化を結び、ポルトガル語のまま欧州・中南米へ届く経路を作りました。
グスタヴォ・リマ
《Balada》と大規模なライブでuniversitário世代を国内外へ広げました。企画《Buteco》では新曲だけでなく過去のセルタネージョも歌い直し、世代の異なるレパートリーを現在の観客へ接続しています。
マリリア・メンドンサ
作曲家として出発し、失恋や裏切りを女性側の言葉で率直に歌って、2010年代のfeminejoを象徴しました。《Infiel》以後の成功は、男性デュオ中心だった市場の語り手と聴衆像を大きく変えました。
アナ・カステラ
若い内陸生活とagroの記号をファンキ、電子音、短編動画へ結び、2020年代のagronejoを代表する歌手となりました。ただし、彼女の舞台イメージを農村文化や農業労働者全体の姿と同一視はできません。
SONGS TO START
録音初期、romântico、universitário、feminejoから近年の融合までを順に聴きます。新しい派生だけに偏らず、セルタネージョ全体の変化が分かる曲を並べています。
Cornélio Pires / Pedro Massa
Cornélio Piresが制作した初期商業録音の代表例です。語りに近い歌とヴィオラの応答から、農村のレパートリーが都市のレコードへ移される瞬間を聴けます。
曲を聴く →Tonico & Tinoco
Angelino de Oliveira作の古典を二声で聴く録音。郷愁を美化するだけでなく、都市へ移った聴衆が「故郷」を想像する歌として広がった点に、初期セルタネージョの役割が表れます。埋め込み音源は1976年盤です。
曲を聴く →Tião Carreiro & Pardinho
低音弦の打撃と高音の細かな刻みが交差するpagode de violaの代表曲。ヴィオラがコード伴奏に留まらず、リズムと旋律の推進力を同時に担うことが分かります。
曲を聴く →Chitãozinho & Xororó
MarcianoとDarci Rossi作。高い二声を保ちながら、ポップな大編成と恋愛の記憶を前面に出し、セルタネージョ・ロマンチコが全国市場へ進む転機を示しました。
曲を聴く →João Bosco & Vinícius
バーや大学祭に近いライブ感、覚えやすいサビ、アコースティックな二声によって、Campo Grandeなど内陸都市の若者向け回路を全国的な市場へ広げた代表曲です。
曲を聴く →Michel Teló
北東部ですでに歌われていた曲をMichel Telóがライブ録音し、世界的ヒットへ押し上げました。ネイマールの踊りと、クリスティアーノ・ロナウド/マルセロのゴールパフォーマンスが欧州での拡大を後押しし、サッカーを通じてポルトガル語のサビが共有されました。
曲を聴く →Gusttavo Lima
掛け声のような反復と踊りやすいビートで、ライブ会場の一体感をそのまま録音へ持ち込んだ曲です。《Ai Se Eu Te Pego》に続くように欧州の複数国で1位となり、セルタネージョがサッカーやスタジアムの記憶と結びついて世界へ届いた時代を示します。
曲を聴く →Marília Mendonça
裏切られた女性を受動的な被害者に置かず、相手へ言葉を返す語りが大きな共感を生みました。feminejoが歌詞の視点だけでなく、市場の中心に立つ主体を変えた例です。
曲を聴く →Luan Pereira, MC Daniel & MC Ryan SP
農村やピックアップトラックの記号に、ファンキのMCと電子ビートを接続した作品。agronejo/agrofunkが都市と「田舎」のイメージを同時に組み替える現在を示します。
曲を聴く →BEYOND THE SHORTCUT
入口の説明だけで文化を単純化しないために、次の点を押さえておきます。
米国のカントリーに似る面はありますが、『ブラジル版カントリー』だけでは歴史や地域差を説明できません。
música caipira と現代の sertanejo は連続していますが、完全な同義語ではありません。
universitário は大学の音楽学科や学生だけの音楽という意味ではなく、若い聴衆とライブ回路を示す呼称です。
グスタヴォ・リマ一人が universitário を始めたわけではありません。すでに全国化しつつあった流れを、2010年代初めにさらに大きくした存在です。
feminejo以前にもInezita Barroso、Irmãs Galvão、Roberta Mirandaらが活動していました。2010年代は女性が初めて登場した時代ではなく、市場中心へ出る規模が変わった時代です。
agronejo、agrofunk、eletronejo は現在進行中の市場名でもあります。農村住民、農業労働者、アグリビジネスを同一視せず、セルタネージョ全体が同じ方向へ変わったとも説明しません。
AT TUFS BRASIL KENKYUKAI
ブラ研では、選んだ曲に合わせて歌、弦、鍵盤、アコーディオン、リズム隊などを組み合わせます。特定の楽器編成を固定するのではなく、二声の魅力と観客が一緒に歌えるライブ感を大切にしています。
FACT CHECK
歴史、人物、文化的背景は、ブラジルの公的文化機関、研究機関、専門資料を中心に照合しました。